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『毎日』
ついたち。
彼女が家に帰る。家に人気はない。家族はみんな出かけている。
彼女は二階へ上がり、廊下を渡り、自分の部屋の前に立つ。部屋には鍵が取り付けられている。彼女はスカートのポケットから鍵を取り出すと、ドアノブにある鍵穴へと差し込み、施錠されたドアを開く。
部屋の中は暗い。陽はほとんど姿を隠している。部屋にひとつだけの窓からは、かすかに青い色の光が漏れている。天井はまだ明るいが、床は暗い。闇が溜まっているようである。
ドアを閉め、床の上には何があるか分からないのでゆっくり注意しながら歩き、彼女はベッドの上に倒れこむ。
仰向けになり、彼女はしばらく天井を見る。薄暗い天井を見ながら、彼女のまぶたは疲労からかだんだんと重くなっていく。
目を完全に閉まりきりにする。しばらくすると、何か軋みを上げる音が彼女の耳に届く。小さく一度きりだったのだが、彼女の目はそれで覚めてしまう。
仰向けから肘を突き体を少しだけ起こし、彼女が音のしたほうを見れば、ドアが手を差し込めるくらいの隙間で開いていた。家のどこからか風が吹き込み、廊下の向こうからドアを押したのかと彼女は思う。
ベッドから起き上がって、またゆっくりとドアまで歩いて、ノブに手を伸ばしたところで彼女は気づいた。
鍵を使ってドアを開けこの部屋に入ったとき、彼女はきっちりドアを閉めたし、さらに内側から鍵をかけ直したのだ。
ノブを掴むと、彼女はドアを閉めるのではなくさらに開けた。
小さく見えていた廊下側の景色が広がり、そこから彼女は顔半分だけを覗かせて廊下を伺う。
特に風が吹き込んでいる様子はなかったが、かといって誰かいるわけでもない。
彼女は部屋と同じように暗い廊下を見つめていたが、やがて諦めたようにドアを閉め、今度も内側から施錠した。
首を振りながら彼女が背後に振り返ると、そこには男が立っていた。
男は僧侶のようなローブに身を包み、目深にかぶったフードで顔を隠していたが、何より彼女の目を引いたのはその手に握られた拳銃である。
銃口は彼女の胸を狙い、引き金はすぐに引かれた。
飛び出た銃弾は間違いなく彼女の心臓を穿ち、貫通はせずにそのまま体内に残った。
彼女は即死した。
死んだ彼女の体は糸が切れたように崩れ落ち、暗い床の上で塊となって影となる。
男はすぐにどこにもいなくなった。ドアから出て行ったわけでも、まして窓から飛び降りたわけでもない。どこに行ったかは知れない……。
ふつか。
彼女が家に帰る。やはり家に人はいない。両親も兄弟も、誰もいない。
二階の自室の前に立つと、彼女はやはり鍵を取り出し、施錠されたドアを開く。
部屋の中は暗い。床の上には何があるか分からない。
分からないのでゆっくり歩き、彼女はベッドの上に倒れこんだ。
はつか。
部屋の中で彼女が寝ている。ベッド上で仰向けになって、天井を見ている。
部屋は暗い。真っ暗で、彼女の顔も手も足も、何も見えない。
窓は塞がれ、かすかな光も差し込まなくなっているのだが、何が窓を塞いでいるのか彼女には分からない。
真っ暗だから分からない。床の上に何が積み上げられているのか、彼女には分からない……。
――にじゅういちにち彼女が家に――
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